別冊モナリサ|被災地支援報告 杉本哲也 












被災地支援活動報告

第1回 南三陸町
第2回 福島市
第3回 高萩・大洗
第4回 七ヶ浜
第5回 大船渡・陸前高田
第6回 南相馬
第7回 石巻
第8回 気仙沼
第9回 高萩・いわき

支援の手紙

石巻(カナダ人手紙)




なぜ、僕らは被災地に入るのか。


なぜ、被災地へ入るのですか?

初めは、知り合い、つまり過去に縁のあった人を助けるためでした。
その活動が噂となって広まり、知り合いを通じて私に救援要請が入って、新たに出会った人たちを助けるために被災地入りするようになりました。

ボランティアの意義というものをどう考えていますか。

ボランティアも働くことも私にとっては同じで、人の役に立つということです。そこにボランティアと仕事・労働の違いは経済的な対価が発生するかどうかに過ぎません。

人の役に立つことは、人間にとって大きな幸せだと考えていますので、私にとってはボランティアも仕事も大きな幸せです。

今回の支援活動で、見えてきたものは?

私の知り合いに「被災地に行ってきます」と連絡したら、「これを使ってくれ」と多くの支援物資、支援金を頂きました。

支援活動に行きながら、私自身が実は多くの人に支えられて生きているのだということを痛感しました。

平時から人のために生きていることがいかに大事かがよくわかりました。

これまで、ボランティアの活動歴を教えてください。

毎週、土曜日の朝に道頓堀の清掃を行っています。
また不定期ですが、大阪の西成にいるホームレス支援のために夜回りを行っています。

あなたにとって、「支援」とは、いったいどのようなものでしょう。

結果論ですが、支援を続ければ続けるほど、私の縁が広がっています。

自分の生きる世界が広がれば、人生も豊かになりますので、支援をすることによって、私の人生に幅が出てきましたね。

また、被災していない場所に、何かをしたいと思っている人がいて、その人たちの思いを現地に届けることによって、現地に行かなくても支援に参加してもらうことができます。

そういう意味で、被災者と、支援者の縁をつなぐ役割にもなっていますね。

そのような見方にたったとき、「支援」は、どのような未来を形作るのでしょう。

今回、私はたまたま救援する側の立場にいましたが、いつ被災者側の立場に立ってもおかしくありません。

私の住んでいる大阪や近畿地方が被災した時には、逆に助けてもらわなければならないでしょう。その時には、自分だけでなく、私の周囲の人たちも一緒に助けてもらえるでしょう。

また、関東地方や九州地方から今回の私の活動を支援してくれた人たちが被災した時には、東北地方の方々にも支援への協力を要請して、みんなで支援したいと思います。

今回、支援させていただいた方々が、不幸にも再び被災するようなことがあれば、何度でも支援にいきます。

そういう意味で、今回支援に行った東北各地と私の縁ある人々の間で互助のネットワークが形成されたようなものです。これからどちらが被災してもお互いに助け合える関係でいたいですね。






杉本哲也

すぎもとてつや SugimotoTetuya

1979年3月9日生まれ、大阪府八尾市出身
2002年 京都大学工学部工業化学科卒業
プロセスシステム工学研究室にてスケジューリングの研究をする
アメリカンフットボール部に所属し、日本一を目指す
2004年 京都大学大学院工学研究科化学工学専攻修了
海外の学会に参加したついでに、世界各国を旅する
2004年 味の素株式会社入社
ライフサイエンス研究所員としてアミノインデックスの開発に携わる
社会人アメフトチーム「ブルザイズ東京」の一員としてX1昇格を目指す
2006年 第27期生として松下政経塾に入塾



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